動けなくなった日に立ち止まれたもの
― 風邪や熱は、生き方を見直す時間かもしれません ―
突然、身体が動かなくなった
いつも通りに動いていたはずなのに、ある朝、目が覚めると――
身体が鉛のように重くて、頭もぼんやりして、起き上がれませんでした。
熱があった。
喉も痛い。
関節がズキズキして、声も出しにくい。
「どうしよう、今日休めないのに」
「この予定、どうしても行かないといけないのに」
そんな思考だけがグルグルと回って、ベッドの中で、じっと動けずにいました。
でもそのとき、どこかで小さな声が聞こえたような気がしたんです。
「もう、ちょっと休んでもいいんじゃない?」
止まりたくても止まれなかった毎日
思えば、ここまでずっと走り続けてきました。
・やるべきこと
・期待されていること
・「ちゃんとしなきゃ」と思い込んでいたこと
心は「ちょっと休みたい」と言っていたのに、そんな自分の声すら聞こえないくらい、予定で埋め尽くされていた日々。
休むのが怖かったんです。
止まったら、置いていかれる気がしたから。
止まったら、誰かに迷惑をかけてしまう気がしたから。
だから僕は、止まりたくても止まれませんでした。
でも、身体の方が先に“限界”を迎えました。
それがこの風邪というかたちだったのかもしれません。
動けないことが、心の再起動だった
身体が動かないというのは、とても不安でした。
でも、何もできない時間の中で――不思議なくらい、いろんな感情が浮かび上がってきたんです。
- ちょっと前から感じていた違和感
- 押し込めていた「もうやりたくない」の気持ち
- なにかを追いかけるようにしていた焦り
それらが、ゆっくりと浮かび上がってきて、ようやく心が静かに自分に戻ってきた感覚がありました。
もしかしたら風邪は、「そのスピードで大丈夫?」って人生が一回ストップボタンを押してくれたのかもしれません。
「休むこと」は、弱さではなく【整える時間】
僕たちはつい、休むことに罪悪感を持ってしまいがちです。
でも本当は、休むことは「弱さ」ではなく「生き方の調整」なのだと思います。
一度立ち止まることで、見えなかった景色に気づける。
聞こえなかった心の声が聴こえてくる。
次の一歩を、もっと軽やかに選べるようになる。
熱が下がった日、私は久しぶりに、心が静かなままの朝を迎えました。
「ああ、こんなふうに“自分だけのリズム”で生きてもいいんだ」
そう思えたあの日の朝が、私にとっての再出発だった気がしています。
さいごに
【あなたが最近、止まったのはいつですか?】
風邪も、疲れも、心の不調も――
ときにそれは、「このままじゃ、あなたが壊れてしまうよ」っていう身体からのサインかもしれません。
あなたは、どれだけ自分に“立ち止まること”を許していますか?
「休む」は、「立ち止まる」のではなく、「整える」こと。
そして整ったその先に、新しい“動き出し”が待っているのだと思います。

