「枯れない野菜」に感じた、違和感の正体
先日、ある農園で野菜の栽培現場を視察する機会がありました。
そこではトマトやパプリカが育てられていたのですが、驚いたのはその徹底された「効率」です。
一年中、安定して食卓へ届けるために、温度は完璧にコントロールされ、植物たちはたっぷりの「培養液」に浸されて、見事な規格品へと育っていきます。
そのとき、農園のトマトやパプリカをお土産でいただきました。
とても水々しくて肉厚でとても美味しかったです。あまりにも多くもらったので残りは冷蔵庫へ…
うっかり冷蔵庫で2週間以上も眠らせてしまったんです。
久々に袋を開けたとき、僕は少しゾッとしました。
多少の元気はなくなっているものの、2週間経ってもなお、まるで採れたてのような姿を保っていたからです。
本来、自然の生命であれば、時が経てば萎れ、朽ちていくのが自然の摂理です。
形を維持し続けるその姿に、僕は「効率」を優先して人工的に育てられたものの不自然さを突きつけられた気がしました。
今の私たちの周りには、こうした化学肥料や人工的な工程を経て作られた食品が溢れています。「オーガニック」という言葉も、何を基準に選ぶべきか、その本質が見えにくくなっているのが現状です。
もちろん、現代の生活でスーパーの食品を一切避けることは難しいでしょう。
だからこそ、大切になるのは「お腹を満たすためだけの食事」から一歩踏み出すことです。
見た目や形に現れない、身体の芯が本当に求めている「ミネラル」や「オイル」を、意識的に食事にプラスしていく。
「何を選ぶか」という視点を持つことが、役割を演じることに忙しい毎日の中で、自分自身の体と心を整える第一歩になるのだと、あの野菜たちの姿を見て強く感じています。

